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仲間のすすめ。

こんにちは、高田です。

今日は、結構に一匹狼をこじらせた僕が「仲間」について書いてみたいと思います。

僕は2015年に事業を立ち上げたときから今までほぼ毎日1人で仕事をしてきました。

それまでは、学校や部活動という集団の中で生きてきたので、何か結果を出しても「自分には本当にそれ相応の実力があるのだろうか?」と疑問を抱いていました。

そのため、やったらやっただけその反動が全て自分へダイレクトに返ってくる1人での仕事は僕にとって自分の実力を知るとても良い機会になりました。

そして、今年に入ってからチームを作って仕事をすることになりました。

個人と集団のメリット・デメリットを知った今だからこそ「仲間」について思うことがあるのです。

本当の「仲間」とは?

僕は基本的に自分以外の人をコントロールすることは出来ないと思っています。

自分がいくら期待しても、それに応えるかどうかは相手が決めることであり、自分がどうにか出来ることではありません。

それは相手から自分の場合も同じことが言えると思います。

相手にいくら期待されたからといって、それに応えるかどうかは自分が決めることであり、それの決断に伴い起こったことは全て自分の責任なのです。

これは正論ですが、なかなか飲み込むのが難しいことだと思います。

なぜなら、中途半端な関係であればお互いの期待に応えなくては関係が成り立たないからです。

もし期待を裏切れば「あいつは自分勝手なやつだ!」と批判されて終わりです。(本当は期待した方こそ自分勝手なのですが…。)

だから、「期待した結果がどうなろうとそれは期待した自分の責任だ。」と思えるような人こそ本当の仲間なのです。

「仲間」の存在がもたらすもの

今の僕には先に定義したような素晴らしい仲間がいます。

お互いに依存することなく、それぞれの長所や好きなことを組み合わせることで今までに見たことのない世界を目指して活動しています。

本物の仲間という関係にはそれぞれの「個」の存在を際立たせる働きがあります。

しかし、偽物の仲間は足の引っ張り合いや同調圧力を掛け合い、「個」の存在を薄めようとします。

とても抽象的な議論ではありますが、なんとなく同感できる部分があるのではないでしょうか?

仲間は、お互いにとって1人では到底辿り着くことのできなかったところに引き上げてくれる重要な存在なのです。

まとめ

僕は中学生・高校生の部活動で主将を務めていました。

その頃は「自分は他人を変えることが出来る」という前提でリーダーシップを取っている自分がいました。(なんておこがましいことを考えていたんでしょう…。(笑))

しかし、それで上手くいくはずがありませんでした。

その後、母校の部活動のヘッドコーチになり選手と接する中で徐々に自分と他人についての理解が深まり、それに伴ってチーム全体の結果も出るようになりました。

「他人は他人」だから1人で頑張る。

「他人は他人」とわかったうえで信用したいと思える人と一緒に頑張る。

どちらにもメリット・デメリットはあります。

だけど、僕はそれを知った上で後者の楽しさを今感じているのです。

あなたには仲間がいますか?

新しいことに挑戦するということ。

僕のテニスの教え方。

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